人体に良い影響がある寄生虫

寄生虫といえば、動物の身体に取り付いてそこを棲み処とし、さまざまな影響を及ぼす生き物としておなじみです。

代表的なのはノミやシラミなどの吸血動物で、宿主の肌に棲息してその血を吸うことで成長・繁殖します。

血を吸われた側はかゆみや痛みなどを感じるばかりでなく、時には伝染病をうつされることもあります。

身体の内部に寄生するタイプとしては、カイチュウやギョウチュウなどがいます。

人間がこれらの生き物に寄生されると、食事で摂取した栄養を横取りされたり、時には脳が冒されて精神障害を引き起こしたりすることもあります。

こうして見ると、寄生虫が宿主に与える影響は悪いものばかりです。

このイメージは世の中にも広まっており、家庭や社会から一方的に恩恵を受けながら自らは何も貢献せず、集団の安定や発展にとって有害な人物のことを比喩的に差す言葉として使われることもあります。

ところが、近年では寄生虫の中には人体に良い影響をもたらすものがあるという説を唱えている人も出てきています。

アカデミックな研究によってそれを証明しようとする研究者グループもあります。

マスメディアで報じられる機会も多く、注目度が高まってきています。

このような説がわが国で知られるようになったのは、1990年代のことです。

きっかけとなったのは寄生虫研究の専門家として知られ、たびたびテレビなどにも出演していた免疫学者の研究です。

その著書によれば、花粉症やアトピーなどのアレルギー症状を訴える日本人が増加したのは、日本でカイチュウを撲滅する対策が進められたせいなのでそうです。

また、サナダムシもまた体内に棲息することで、その宿主にアレルギー症状が起こるのを妨げているとも主張しています。

この主張の根拠となっているのは、人体が生まれながらにして持っている免疫機構です。

アレルギーはその原因となる物質が体内に入り込んだ時に免疫機構が過剰に反応することで引き起こされますが、カイチュウなどが体内にいるとそれに対して免疫機構が働くため、花粉などが後から入り込んできても過剰反応が起きにくいというのです。

この説は発表された当時から賛否両論を巻き起こし、中には「トンデモ学説」として片づけてしまう意見も見られました。

しかし、その後の研究成果によって、必ずしも珍説の類ではないということが証明されました。

その1つが、2015年に米国の大学で行われた研究です。

ラットを使ったこの研究では、サナダムシが寄生した赤ん坊のラットが、寄生していないラットが大人になってから発症する脳の炎症を回避する現象が見られました。

さらに、妊娠したラットに寄生した場合、その効果が胎児のラットに伝えられるという結果も得られました。

このような現象が起きたのは、やはり免疫機構の関わりによるものと考えられています。

免疫物質の中には、細菌などの有害物質を殺す働きを持つ一方、認知障害を引き起こす原因になるものがあることが分かっていました。

この研究でもやはり同様のメカニズムが働くところを、サナダムシの存在がそれを防いだのだと見られています。

さらに、同様の研究は国内でも行われています。

2018年には、日本の医科大学が豚鞭虫と呼ばれる寄生虫の卵を健康な男性に飲んでもらい、その影響を調べる臨床試験を開始しました。

豚鞭虫は卵からかえると腸内に寄生し、2週間程度で体外から排出されますが、豚やイノシシなどには下痢を引き起こさせる原因となるものの、人体における重い副作用は報告されていません。

この研究の目的は、寄生虫によって免疫機構が調節され、皮膚の疾患や腸の潰瘍などを抑えることができるかどうかを見ることです。

結果はまだ公表されていませんが、新たな治療法の発見につながるのではないかと期待されています。